最近、連日のようにメディアを騒がせている「豚インフルエンザ」に関するニュースを観ていて、皆さんはどのように感じられるでしょうか?
当初は「メキシコ風邪」と呼ばれていた豚インフルエンザも今では「日本インフルエンザ」と揶揄されていますが、こんな過剰反応をしているのは日本のマスコミだけです。
駅のホームも空港も皆マスクだらけになり、浜崎あゆみや倖田來未のコンサートが中止になって、橋下徹大阪府知事は「都市機能のマヒ」を心配されているようですが、はたしてマスクを付けただけで分子レベルのウィルスを阻止することができるのでしょうか?
私の観点からみると、日本のマスコミは騒ぎ過ぎだと感じます。
これまでもそうですが、何か事件があると不安を煽り、危機意識だけを扇動して、人々に希望ではなく不信を振りまく姿は、本来の公共メディアに期待された役割とは程遠いものではないでしょうか。そして、お茶の間に何十年間も人が死ぬ事件を流し続けたら、どのような子供が育つのかと考えた大人はいなかったのでしょうか?
人間は、親や教師、メディア等からの情報の蓄積により、様々な○×、善悪、好き嫌いなどの判断基準をつくっていきますが、現代のメディアがばらまく不信・不安が人々の心をより小さく狭くし、勇気やモチベーションに溢れる若者を育てるどころか、常に恐怖の対象を感じながら心が追い込まれていく人々を生み出しています。
ちなみに、豚インフルエンザ、鳥インフルエンザ、牛のBSE問題には、共通するポイントがあります。
それは「圧縮が掛かっている」という点です。
もし30人の人々が狭い牢屋に一緒に放り込まれ、共に生活しなければならなくなったとしたら、1人ぐらい精神がおかしくなっても不思議ではありません。豚の身になって考えてみたときに、彼らは同じような状況で育てられているとは想像できないでしょうか?
豚に限らず鳥や牛も、決して居心地のいい環境でのびのびと生かされているとは限りません。彼らの心が解放されない限り新たな病気が尽きることはないでしょう。
そしてまた、人間も同じように「考えの牢屋」の中に閉じ込められているのです。
狭い考え、自分の考え、恐怖や不信、安心できない環境に身を置いて常にストレスやプレッシャーを感じながら生きている現代人もまた「圧縮の掛かっている」時代の住人です。ニートや鬱の増加も、このような時代がひとりひとりの考えや意識を追い詰めてきた結果に他なりません。
この人間を「考えの牢屋」から解放し、自由な心へと案内するのがHITOTSU学であり、NRグループで提供している5次元認識テクノロジーなのです。
そして人間の心が解放された後に、動植物や自然環境も開放し、華道の「生け花」に観るように「自然の状態よりも、人間が関わったおかげで、その動植物がより活かされる」世の中へ変えていきたい―それが私の願いでもあり、企業とムーブメントを通じて実現しようとしている世界でもあります。


