| 陳述書 |
| 2007年5月27日 盧 在洙 |
| はじめに |
まず裁判長殿、私は、当時30日間研修の講師をしておりましたため、30日間研修の内容についてご説明いたしますが、 そもそも当社の行う3年間のプログラムと30日間研修とを切り離すことができないため、全体的な目的の観点から陳述いたします。 |
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また本書について、韓国という、日本とはかなり異文化である国で育っているため、以下2点をご了承ください。 (1) 裁判長にご理解いただけるように、日本人スタッフによって代筆、補足、修正をしています。 (2) 文化の違いから、日本の方からすると言葉使いや表現方法が独特であったり、直接的、感情的に映りやすい箇所があると思われます。 |
1. 原告がコミュニケーションの学校と聞いて契約したのに、まったくそうでなかったと主張していることに対して |
| これに対しての原告の陳述は、まったくの虚偽であるため、まったく証拠としての価値がないため、否認いたします。 その理由として、以下2~13で陳述いたします。これらの内容は、当時と単語表現は多少異なりますが、内容的には全く同じ内容を伝えています。 |
2. コミュニケーションが上手くいかない根本の原因を理解することが重要 |
| 今までの人類の歴史を振り返ると、本当は、いつも心平和に、自分も人も全てを愛し、
常に気づきや感動の溢れる幸せを得たいにもかかわらず、結局現在にわたり、不信、不平、不満し、嫉妬や葛藤、 恨み、無視、殺人、
自殺、さらには破壊や戦争などを繰りかえしています。 日本においても、近年人間性の破壊は進むばかりで、耳を疑うような様々な事件や問題が多発している現状があります。 この暗中模索の続く人間の本質的な限界に対し、どれだけ追究しても根本原因を見つけられず、 ずっと苦しみ続けることは、文化文明、歴史の流れにおいて、今、臨界点に達しているとみています。 そのような時代の臨界点、挫折と絶望を、新しい教育商品を通して解決し、平和へと導く社会貢献を目指しているのが、 当社とHITOTSU学(当時はスキマ原理と呼称。以下、HITOTSU学とする。)の理念です。 このような様々な問題の多くは、相手を理解しようと思っても理解できないときに起きてしまう、 コミュニケーションのズレによって起こるものと、当社は考えています。 このコミュニケーションのズレがなぜ起きてしまうのか、この原因を明確にしなくては、解決することができません。 当社は、このコミュニケーションのズレの根本原因は、人間であれば誰もがもつ、脳の認識メカニズムが作り出す、 根本判断基準(当時は、「判断のものさし(」と呼称。以下、根本判断基準とする。) の①異質性と②不完全性にあると考えています。 この理論は当社独自の理論で、マインドーム理論と言います。 |
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①『個人』の根本判断基準の『異質性』 |
| 私たち人間が理解し合おうとしてもできないその理由は、
完全に同じ経験を持つことが不可能なために起こる、お互いの根本判断基準(各個人の経験からできるオリジナルの判断基準)
が一致しないことです。 これが、様々な限界の根源となっています。 しかし問題は、ときに一般的判断基準(2人以上の人が経験することからできる共通の判断基準。 例えば、同じテレビ番組見た、など)が一致する事もあるため、根本判断基準が一致しないということ自体を忘れてしまうことです。 出来事によっては、時に一致する判断基準(一般的判断基準)が働くため、 お互いに信頼が発生するし、この一時的な信頼により、「もっと相手がわかってくれるかもしれない」と期待を持ってしまいます。 しかしあるときは、一致しない判断基準(根本判断基準)が働くため、期待を持ってみる分、 一致しないことがわかったとき、 一度は喜んだその信頼さえも大きく上回る不信が発生してしまいます。 そうして様々な出来事を経験し、信頼→不信→信頼→不信→不信→不信→信頼→信頼→不信と出来事によって反転しながら、 最後は結局、不信が勝利してしまうのです。 このような信頼と不信が永遠に反復するようになっているメカニズムに気づかずにいることは、とても重大な問題です。 今までの教育は、この各個人の根本判断基準が違うことにより、個人個人の行動の無秩序を秩序化させるために、 時代によって暴力や財力、強制的な法律、思想、哲学、理念、宗教の教理などによる道徳倫理や、人間の欲望を活用した、 目標や計画などを道具とし、啓蒙主義的な暗記中心の教育訓練、詰め込み、反復学習をしてきました。 そしてその教育を土台とし、習慣化させたのが「文化文明」でした。 しかしこの教育では、習慣、文化文明の違う人と出会うとき、その互いの異質性に対し、調和融合ではなく、 軽蔑や敵対意識を持ち、摩擦や衝突をしやすいのです。 ですから、宗教紛争、国家紛争、民族紛争がいまだに解決策をさがすことができず、 憎悪、憤怒をさらに蓄積してしまうのです。 また現代は、同じ原因により、個人と個人、人間と自然、宗教内、民族国家内、会社内、家族内、夫婦間でも、 また自己の中の考え感情どうしでも、深刻な対立や摩擦や葛藤がますます強くなっています。 |
②『人間』の根本判断基準の『不完全性』 |
| また、「『個人』の根本判断基準の『異質性』」だけでなく、
「『人間』の根本判断基準の『不完全性』」が、よりもっと多様な深い問題をつくる原因となっています。 人間5感覚脳が認識する意識自体は、人類の共通の思い込みであり、単に人間脳の認識の結果だけでしかありません。 ですから、人間の脳の認識のクセ・メカニズムを知らないと、〈感情、思考、表情 、言葉、行動〉が、 外部(環境、条件、状況)に影響されやすい、表層的な意識レベルからの情報知識データを収集→編集→デザイン→解析→判断する思考方式や 行動方式の限界にはまってしまいます。 つまり、この人間の脳のメカニズムにより、非常に精巧な人間だけに共通する映画を見ているような状態なのに、 無意識にあたかもその映画を真実だと思い込んでしまっている状態なのです。 HITOTSU学は、この人間共通の思い込みの問題に気づき、真実を追究するように案内します。 その結果、〈感情、思考、表情、言葉、行動〉が、外部(環境、条件、状況)に影響されることのない、 いつも自分自身の意志、ビジョンを確立したアイデンティティを持って、非常に客観的な編集→デザイン→解析する新しい思考方式や行動方式を、 習慣化させることができます。 このように当社は、コミュニケーションのズレをつくる判断基準の異質性と不完全性の2つの問題を、 新しい認識方式を通して、完全に解決することができ、体得化、生活化、習慣化、ビジネス化、 産業化することを具現化していく実践行動プログラムを、開発し、実施しています。 |
3. コミュニケーションの変化は、アイデンティティの変化なくしてありえない |
| 当社は、存在とは出会いがあるから存在であると考えています。 とくに、日本語は、大変奥深いとい つも感心するのですが、人と人の「間」と書いて人間であり、 これは正しく人間とは、コミュニケーションをする存在だと言っているのではないかと思います。 あまたいる存在の中でも、考えることが できるのは人間だけですし、自発的に学んでいけるのは人間だけの能力です。 現在、その素晴しいコミュニケーションを向上させる方法として一般的に、様々な方法が用いられます。 例えば、話し方を変化させる方法として、例話法、質問法、間接否定法、比較対照法、オウム返し法などがあります。 また、身振り手振りや表情を変化させる方法もあり、マナーもそのうちの一つです。 さらには、手話や筆談などの手段を変える方法、語学(英語、フランス語など)を覚えることも、 手段を変える方法としてみることができます。 これらが現在確立されているのは、長年の心理学や語学研究から生み出されたもので素晴しいコミュニケーション向上の方法です。 しかしこれらは、表情、言葉、行動などの「方法」をいかに変えるか、幅を広げるかですから、 これだけでは対症法にしかならず、残念ながら本当にコミュニケーションを向上させることは難しいのです。 なぜなら人の能力は、表情、言葉、行動などの能力の土台に、 〈思考、感情、イメージ、エネルギー、アイデンティティ(自分自身をどう思うか)〉という土台があるからです。 この土台なくして、コミュニケーションの向上、変化はありえないのです。 確かに、表情、言葉、行動よりも深い能力の向上のさせ方として、カウンセリングやコーチング、 自己啓発、成功哲学などを学ぶこともできますが、これらは思考、感情、頑張ってもイメージレベルであり、 今までの追究の仕方では、残念ながら変化、向上させきれないという限界があります。
その限界とは、一番深い土台にあるアイデンティティ(あり方)=自己に対するイメージを変えられないことにあります。 このアイデンティティが変わらなければ、どれだけスキルを身につけたとしても、本当の変化は起こりません。 例えば、英会話の学校に通ってどれだけ英語を上手に話せるようになったとしても、自信に満ち溢れ、 自分自らが積極的に関わろうとする意思と行動がないかぎり意味がないものになってしまうように。 人は、スキルではなく、魅力にひきつけられて「その人と話してみたい」と思うものです。 その人に、人を惹きつける魅力があれば、まったく英語ができなくても、周りから言葉以外の何かで疎通を図ろうと来てくれるし、 自分からも話せなくても積極的に関わり疎通しようとするはずです。 確かに外見的な魅力もありますが、それは非常に薄っぺらいもので、少し話をすればすぐになくなってしまうものです。 本当の魅力とは、中から満ち溢れる自信からくるものです。 その自信がどのレベルの自信なのかが重要で、本物の自信とは、どのような条件、状況、 環境であっても絶対に揺るがない信念と意志を持っている状態です。 また自信は、自分自身をも客観的にみることができるとき、すなわち自分も他人も状況も含めた全体をみることができる 「統観(HITOTSU学独自の言葉。反対に、主観的、固定観念にはまり、物事をみることを「偏観」と呼んでいる)」を持つときに、 もつことができます。 そのような自信をもつことのできるアイデンティティになること、 それがあって初めて最良のコミュニケーションの土台ができるのです。 自分以外の人や存在と関わることに億劫な人は、どれだけスキルを身に着けてもコミュニケーションをして疎通を図ることはできません。 その億劫な自信のなさは、自分と人とを分離してみているからです。 一方、自分以外の人や存在と関わることが、好きでたまらない人は、もし言葉が話せず、耳も聞こえない状態だったとしても、 必ず疎通することができます。 そして、最初は様々な限界が沢山あっても、客観的理解により問題の根本原因とその解決を見極めて、 あきらめないチャレンジ意志で、周りの協力を得ながら乗り越え、結果的にスキルを身につけることも可能になり、 本当の意味でコミュニケーションの向上、達人になるのです。 それができるのは、自分と人を分離することなく「そもそもつながって関係がある」という絶対な安心、自信があるからです。 安心は、自分自身をどこまでが自分だと思えるか、関係があると思えるかですが、絶対的な安心は、 宇宙をも含む全ての存在とつながって関係があるひとつであるときに初めて得られるものです。 その安心を、HITOTSU学では、心の平和(Peaceful Heart)、とらわれない、とどまらない心、心スッキリ疎通の状態、不動心、 不動の意志など、呼び方はその時々に最適な呼び方を選択するため様々ですが、このように表現しています。 HITOTSU学は、この最もコミュニケーションにおいて必要な土台であるアイデンティティの変化を、主観的なフィーリングではなく、 非常に客観的で、科学的にわかりやすく、論理とイメージで理解することができる、新しい試みの学問です。
また、当社は、設立当初より、今まで教育における哲学や思想では定立させることができなかった人 間に対する定義を、 新しい認識の観点から明確に定義することで、そこから生まれる無限の可能性や自信、勇気を持つ新しい生き方ができ、 社会に大きく貢献できる人材を輩出することを事業目的としています。 アイデンティティの変化は、新しい生き方・ビジョンを生み出します。 生きる目的を失っている多くの現代人にとって、この生き方の変化は、大変重要なことではないかと思います。 新しい生き方を得る為にはまず、今までの生き方や社会においての問題発見能力を育てること、 次は問題の原因を洞察する能力を育てることから始まります。 これは新しい価値は問題解決能力から生まれることを意味します。 当社は、すべての問題の根本原因は、根本判断基準が人間の脳、意識に固定されるメカニズムに問題があり、 その結果であるアイデンティティに固定し執着することに問題があるとします。 それが結局、すべての四苦八苦(苦しみ、葛藤の問題)につながります。 コミュニケーションの本質に対する無知を突破するためには、認識の変化が必要であり、 そこからとらわれない、とどまらない心と、アイデンティティの変化を通した新しい生き方のビジョンが生まれ、 本当のコミュニケーションの変化を可能にすることができるのです。 有名な未来学者アルビン・トフラー氏も、これから21世紀の人類に一番必要とするキーワードとして 2007年のNHKの新春番組で「人間に対する再規定が、人類に対して最も重要な課題である」と言っていますが、相通ずるものがあります。 今回の訴訟で原告は、コミュニケーションの講義であると説明を受け、 受講したが、そのような講義はほとんどなく、スキマ原理(HITOTSU学)を教えるものだったと主張していますが、 このようにコミュニケーションを変化、向上させるために絶対に必要なアイデンティティの変化を案内しているため、 まさしくコミュニケーションのプログラムなのです。 「コミュニケーションの変化は、アイデンティティ(あり方)の変化である」この変化こそが、 抽象的な変化ではなく、真実な変化を導く、オルターカレッジのAlterの意味なのです。 |
4. 30日間研修は、3年間の実践行動プログラムの一部である(一部しか受講していないのに、判断することに問題がある) |
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| 2、3、の内容をベースに、全ての教育訓練プログラムがあり、30日間研修を基礎とし、
1年目は 理論中心、2年目は現場中心、3年目は新しい生き方を応用したビジョン創造と、独立準備を中心にする実践行動とし、
その3年間をもって基本理論とその応用を習得、体得できるシステムになっています。 ただし、根本のプログラムは変わりませんが、刻々と変わり行く時代の流れにあわせた応用の講義を入れているため、 受けた年代によって応用の内容が違うことがあります。 このように3年間をもって完了するプログラムですから、当時においても原告3人に対して、 学びと体得を深め、応用する域までなりたいのであれば、3年間が必要であるとエキスパートコースを案内しています。(これは、原告の陳述を見ても明らかな事実です。) しかし結局彼らは、30日間研修しか受けておらず、HITOTSU学の基本と概論しか学んでいない状態です。 そのような状態ですから、原告が主張する重力や電磁力の解析及び統合理論の応用は、一部分だけしか含まれていないのは当然です。 プログラムの途中に自ら学びとトレーニングを辞めてしまった原告たちの理解や判断と、 自己変化意志が無くなってしまったことが、今回の原告の認識のズレの原因だと考えています。 |
5. 実践行動プログラムであり、机上論ではない(テキストが無かったなどというのは、何の証拠 にもならない) |
| 30日間研修を含む当社のプログラムは、実践行動プログラムです。 これからは、机上でテキストを使って学ぶだけの社会適応力のないアカデミックスマート型(理論学習型)ではなく、 行動しながら学ぶ社会適応力のあるストリートスマート型(実践学習型)の人材を創出するためのプログラムです。 ですから、テキストは多く使用しませんが、当社の基本カリキュラムに沿い、 時事的な社会問題なども扱いながら理論的な講義をするのはもちろん、 日常に起きたコミュニケーションのズレをその場で解決し、 ケーススタディとして実践力をつける講義を行ったり、行動プログラムで実力をつけていくという方法をとっています。 原告3人の主張によれば、彼らは「コミュニケーション能力を身につけたい」という目的で受講したのですから、 その目的に非常に相応しいプログラムであったと言えるのではないでしょうか。 ですから 、原告3人とも、アンケートやビデオからも、その感動や気づき、変化成長の様子が伺えるのです。 原告は、テキストなどがなかったなどということを当社が何も教えなかったという証拠にしたいようですが、 そのようなことは何の証拠にもなりません。 また、原告と当社が締結した契約の第一条 目的には、「甲(オルタナティヴ㈱)が運営するAlter Collegeは、乙(原告)に対してコミュニケーション実践トレーニングの場を提供し、 体験を通して自 己表現能力を向上させていくことを目的とする。」とあります。 また、第四条 権利 1には、 「Alter Collegeの主催するWHAL新教育方式による講義、トレーニングを受講することができる。」とあります。 この実践トレーニングは、当社が 独自開発したWHAL新教育方式(HITOTSU学を教育用に体系化したもの)に基づき行われ、 自分自身の〈認識、判断、行動〉の習慣を、実践行動を通して変化させること、そして社会の変化をリードし、 今までの歴史の中心となってきた戦争文化から平和文化に変化させ、感動社会を実現していくことを意味しています。 (※WHALとは、Widening Heart Awaking Learnの頭文字をとったものであり、 心を広げ、常に気づくことができるようになる学び、つまりは、Closeな人間からOpenな人間へのアイデンティティ(あり方) の変化をさしています。) |
6. 当社の実践行動プログラムによって得られる効果 |
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| 当社のプログラムは、机上論ではなく実践行動プログラムであり、
実践行動を通した気付きを得る訓練プログラムです。 これをさらに詳しく説明するならば、人間は、脳の意識水準で情報処理することを通して起きる意志、 思考、感情で行動(表情、言葉、行動を指す)をしますが、当社のプログラムは、(ここから先は仏教的な表現を拝借しますが、) そのような表層的な意識水準を越えて、意識、マラ識、アラヤ意識を含む人間の一番奥深い〈オリジナルマインド〉 (HITOTSU学独自の名称)で、どんな条件・状況・環境にも支配されない不動心、 不動の意志から行動を得ることに最終的な目標を設定し、実践行動を案内する訓練プログラムです。 そして、とらわれない心、とどまらない心、いつもスッキリな心を養い、自分自身の人生はもちろん 、 日本社会や人類を引っ張っていく進取的リーダーシップを持ち、人間力、人間関係力を養っていく 訓練プログラムでもあります。 また自分自身の「あり方の変化=アイデンティティの定立」を通して、今までの思い方、やり方の限界を突破し、 気づきや感動があふれる健康な生き方を習慣化させることができる、 コミュニケーションの土台にもアプローチできる非常に効果の高いプログラムです。 アインシュタインの数々の名言の中に、 「問題は、その問題をつくりだした意識では、解決できないのです。」という言葉がありますが、 当社のプログラムは、まさしく、意識の次元を変えるからこそ解決できるプログラムです。 |
7. HITOTSU学は、宗教自体も崇拝対象ではなく、理解対象としてみる |
| 当社の商品であるHITOTSU学は、既存の宗教的言語やイメージや権威を借りて、
深層の心の世界を説明する水準ではなく、既存の多様な宗教の深層世界までも客観的に理解を可能にすることができ、
宗教的表現より具体的であり、幅と深さがある、独自の認識法式と明確なイメージ体系、論理体系を持っています。 実際に、次元を発展させた認識方式を通して、自己も含む存在全てのシステムをみるようになる「認識」に変化がおこり習慣化できれば、 イエスや釈迦、孔子や老子、ソクラテスなどの既存の精神・ 哲学世界の先覚者たちが、どんなイメージを持ち、 なぜそのように表現したのかを理解でき、崇拝対象ではなく理解対象になってしまいます。 |
8. 原告が受講する以前の、返金要求に対し、支払った理由 |
| 日常とは次元がちがう深層的な理解方式、認識方式、思考方式を活用し、全ての存在と、
その存在の変化運動を解析し、説明する非日常的な世界は、日常的な言葉やビジネス的な言葉で説明することはとても不可能に近いことです。 相手に伝えようとするときに、特にその相手が全く本質を追及しないような日常生活を送る人である場合、 精神世界の先駆者が最も多く経験するジレンマが、疎通するための道具の不足、既存の道具の不足です。 ですから一般的な人がある程度見聞きして理解していると思われる既存の宗教的な単語や権威、 イメージを利用して疎通してしまおうという誘惑にはまりやすいのです。 確かに当社も以前、伝達する疎通方法として、このような誘惑にはまり、 キリスト教や仏教の権威と 表現を借りて疎通の難しさを突破するときもありました。 事業開始の初期は、2泊3日の気づきプログラムを開発し、インテリア商品と一緒に販売するときがあり、 HITOTSU学から観たキリスト教の解析をプログラムに取り入れ、 HITOTSU学の基礎(原告は最終理論、統一理論と表現)の教育とともに実施していました。 (なぜキリスト教の解析を組み入れたかは、10で説明いたします。) そのとき当社を宗教やカルトと誤解し、消費者センターを通して返金要求があり、 調査、検討の後、全額を返金したこともありました。 このプログラムは、全カリキュラムの3分の2がキリスト教の解析でしたから、 受講者の心配も理解でき、またプログラムに入る前にプログラム内容の説明が足りなかったことを確認したため、全額返金したのです。 その数ヵ月後に2001年10月11日より、第1回30Days BT Training Life Program(30日間研修)がスタートしましたが、 これをきっかけに30日間研修は内容も宗教的な表現を一新し、入る前に事前説明 をしっかりするようになりました。 宗教は、主観的なフィーリングや主観的な経験に依存する、 つまり「信じること」を根本の疎通土台としてコミュニケーションの道具にする信仰世界です。 その限界を明確に理解して、HITOTSU学は、誰もが納得できる非常に客観性をもった論理とイメージ、 つまり「理解すること」を根本の疎通土台とし てコミュニケーションの道具にする新しい学問です。 それを通して今までの宗教中心の精神文明の限 界を突破させていこうとしています。 |
9. 企業であることが、宗教でない理由のひとつである |
| 8.で説明しましたが、非日常的な本質を説明しようとすると、
どうしても宗教的要素、表現を用いなければ、正確に説明できないため、宗教と間違われやすいことは十分に理解ができます。 しかし当社は宗教組織ではないし、HITOTSU学も教理ではありません。 宗教は抽象的かつ科学性、客観性が低いもので非現実的ですが、 HITOTSU学は、独自に開発した論理とイメージで、科学的、客観的、具体的に説明することができ、 再現、反復が可能で非常に現実性があり、ビジネス化、産業化ができるものです。 ですから、当社は企業の形態をとっているのです。 |
10. キリスト教の解析など、宗教要素を用いる理由 |
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当社のプログラムの中には、実践行動力を強化するために、
一定の期間においてHITOTSU学を応用したキリスト教の解析などを導入した生活実践行動体感プログラムがあり、
大きく分けて2つのプログラムがこれに属します。 1)アメリカ・ヨーロッパの西洋文明を理解し、彼らの実践行動の原動力を理解するプログラム 世界の経済、教育、政治などを見たときに、長年その覇権を大きく握っているのは西洋を代表するアメリカであり、 そこにはキリスト教思想が深く根付いています。日本人は、多宗教国家であり、さらには無宗教国家であるという、 世界的に見ると、大変珍しい国です。 ですから信仰など深層から来る原動力に大変乏しく、また偏見も強いため、結果的にパワーが弱く、 これだけが原因ではありませんが、経済においては特に顕著ですが、能力があるのに主権をとれないという残念な状況があります。 また、外国人からすれば、信念、意志、教養のないつまらない人として判断されることもよくあることです。 さらに、キリスト教の思想や習慣を知らない人は、馬鹿にされ相手にされないこともよくあり、世界に羽ばたこうとする人、 とくにビジネスマンにとっては、大変致命的なことです。 ですからこのプログラムは、今日にいたるまで強大なパワーを持つキリスト教の理解を通して信じる世界、 すなわち主観的思い込みがつくる信念のパワー、信仰のパワーを体感、活用する実践行動プロ グラムです。 2)「次元上昇したHITOTSUのイメージ」を現実に応用し活用する一種のモデルである生活訓練プログラム キリスト教や聖書に対するHITOTSU学的な観点からの解析と、 その信仰の雰囲気を体感することを通して、そこから来る高級感情(心の底から湧き上がる強い感情) を実践行動の原動力として活用してみる生活訓練プログラムです。祈りもこれに該当します。 この実践行動体感プログラムを実施するにあたっては、宗教に対し多様な偏見を持ち合わせている日本ですから、必ず、 ①実践背景・目的・目標、そしてこのプログラムの限界や注意点を明確に説明 ②人間の高級感情をどうやって得ることができるのか?の観点で理解すること ③リーダーシップとフォローシップのモデルをどう得るのか?の観点で理解すること ④強烈な実践行動力を獲得するために必要なエネルギー・感情をどう得るのか?の観点で理解すること ⑤宗教的神聖な雰囲気を体感、応用、活用するという観点を持ってキリスト教に対する解析をすること の説明 ⑥あくまでもHITOTSU学の観点から見た独自の解析であること を強調し、プログラム受講者が全員、そのプログラム実践の背景を理解し納得した上で実践しています。 原告が受講した時も例外ではありません。 しかし、とくに原告の一人は、この生活実践行動体感プログラムに対する深刻な歪曲、 あるいは極端な誤解をし、当社があたかも宗教やカルト集団であるかのようにイメージづけをしています。 これは 、当社のイメージを破壊する深刻な行為として捉えています。 HITOTSU学では、人が経験する思い込み、現実、事実、つまり時間・空間・存在(=観念)のある、 すべての相対世界を、意識現象や錯覚現象と捉え、「真実は、仏教でいうところの『空即是色、色即是 空』のHITOTSUだけがある」と説明します。 宗教的な崇拝や教理、教祖、経典、礼拝などにおいても全て錯覚ですから、そのようなもの自体、存在可能な世界ではないのです。 また、宗教の教理などの抽象的なもので、この時代にコンサルティングや企業教育研修などができるはずがありません。 今の時代は宗教の教理などで、金銭を授受し、ワークやセミナーができるような非現実的な時代ではないからです。 |
11. いつでも止めることが可能 |
| また、原告3人の主張のように、そんなに30日間研修の内容に対し、
意味や価値、感動がないプログラムであるのなら、30日間研修中でもいつでも止めることが可能でしたし、
終了した後も継続せず、止めることも可能でした。 それにもかかわらず、すぐに退学要求や返金要求をせず、30日の中でも大変感動し、 30日間研修が終わっても他のプログラムを受講し何ヶ月も継続しているということは、 原告3人の主張自体を自らが否定してしまっていることになるのではないでしょうか。 |
12. 原告らは、自己都合的な欲求から心変わりしているのが、明らかである |
| 原告3人は、まず、自己変化意志があり契約締結にいたりました。 原告3人たちは、プログラムに入る直前のアンケートに記述していますが、 現在彼らが主張するコミュニケーションにはあまり触れておらず、 むしろ自己変化の意志、欲求を、プログラムに要求するものとして記述しています。 そして30日間研修では、変化を遂げ満足したため、エキスパートコース、ドリルコースへと進みました。 エキスパートコースへと進んだ原告は、その後、本学校を退学しています。 その理由として、「全力で走りたいから」「Fieldに不満はない」 「良かった点は、人に感謝できるようになったこと。自分が 人間らしくなった」とし、今後の見通しとして、 「全力で走れるようになって戻ってくる。6年後」「イベント情報などメールで欲しい」と記述しています。 もう一人の原告は、本当はエキスパートコースへ進みたい意志を持っていましたが、現実的に仕事や両親のことがあり、 難しいために断念しています。 そして、「またエキスパートコースに戻ってくる」と当時の30日間研修のスタッフに伝えています。 また、もう一人の原告は、本当は、エキスパートのプログラムを受けたいが、 個人的な理由で断念すると、フィールドメーカーコースへと戻りました。 また原告は、当社のスタッフに30日間研修を終えた直後の同期の受講生たちでの交流会の場で、 「自分がオープンになれないまま、30日間をやり過ごしちゃった。このみんながオープンになっている場に違和感がある自分がいる。」 と訴えてきたそうです。 (それに対して当社のスタッフは、「大丈夫、今から一歩一歩成長していきましょうね。」と 返答しています。) これらは、コミュニケーションの変化には自己変化が必要であることを理解し、 納得した上で、契約 、受講したという、内容と一致した事前説明がなされていたという事実であり、 プログラムの内容があったことを示す事実です。 このように、知りたいという知識欲求はある程度満足したのでしょうが、 結果的に今回この訴訟を起こしたのは、返金目的と私たちの組織を潰す目的を達成するためであるとみています。 当社は、アイデンティティの変化を通してコミュニケーションを変化・向上させる学校であるし、 それを一貫して説明してきていますし、原告らも理解しているはずです。 それに対して原告らは、当社があたかもコミュニケーションの「かたち」「方法」を教える学校と説明を受けた、 と契約内容をすりかえ、そのようなプログラム内容が実際にはなかったとしているのでしょう。 そのようにして当社はコミュニケーションの能力や技術も教える意志もないため、 詐欺に値するというイメージづけをし、反論の余地をなくすよう誘導しようとする意図を感じます。 そうすれば、原告たち自らが自己変化意志の喪失によって、 コミュニケーションの変化のためのアイデンティティの変化に対する実践を止めたことなど、 自分たちの不利になる点を隠しやすく、自分たちはマインドコントロールされていたため、 当初は気づかなかったなどとし、当社に対して訴訟を起こすことができるからです。 また、この訴訟の主旨と外れている世界コミュニケーター協会に対しても、非難の矛先を向けることも同様の意図を感じます。 原告3人は、当社と商品を破壊する目的を最優先の課題として設定し、自分たちが主張しやすい情報だけを集め、 虚妄なストーリーをつくりあげているとしか思えません。 しかしどれだけストーリーをつくりあげても、やはり真実でないものには、やがて綻びができますから、彼らの主張は、 現に証拠書類(ビデオやアンケート、その他)に対して、 「その当時は、マインドコントロールされていた」などという苦しい言い訳しかできないのです。 このように、原告の陳述書はあまりにも事実とかけ離れているため、まったく証拠としての価値がありません。 また、30日間研修中では、提出したビデオやアンケートにあるように感動の涙があり、 実際に私も3人の変化を近いところから見て感じた記憶があります。 ですから30日間研修が終わり何ヶ月も経ってか ら、原告3人の心が変わっているのは、明らかではないでしょうか。 |
結語 |
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人類歴史を創る技術を大きく分けると、
戦争技術(分断する技術)とコミュニケーション技術(つなげる平和の技術)の2つに分類できます。 戦争や紛争は、65億人のうちの誰か一人でも起こすことが可能です。 しかし平和は、65億人全てが平和な心を持ち、協力しなければ実現しない、非常に困難で根気のいることです。 当社は、どれだけ困難で根気のいる世界であっても、未来生まれ来る子どもたちのためにも、 今現在生きる人たちのためにも、HITOTSU学によって、コミュニケーション技術の本質・エキスを進化発展させ、 宗教の水準・信じる水準にとどまっている今までの人類の精神文明の限界を突破し、 物質文明と精神文明が調和する美しい文化文明を日本から世界に広げて行きたいと心から思っております。 今回のこの訴訟に対し 原告3人が行った、当社に対する様々な言動は、 ベンチャー企業である当社の開拓意欲に対し精神的被害を与え、 また当社のプログラムに対し興味と希望を持っているお客様の熱い心に水をかけ、変化のきっかけを阻む行為であり、 それはまぎれもなく誹謗中傷、営業妨害ですし、それらによって当社は、非常に莫大な被害を受けています。 しかし歴史をみても先駆者、先覚者とは、時代における弱者であることは理解していますから、 当社からみれば、非常に手痛い仕打ちではありますが、仕方の無いものとして受け止めています。 そして何よりも、原告らは、過去、当社のお客様であったのも事実ですし、 いつかまた、もう一度お 客様として出会うことができるかもしれないという期待も持っています。 ですから、当社は、先駆者 、先覚者としての未熟さがあることも理解しながら、日々成長発展のための努力を惜しまず、 ただ静かに、誹謗中傷に対しても忍耐で、自分たちのビジョンと価値を着実に現実化するよう歩んでおります。 韓国に「人間の誤解はピストルの弾丸よりもっと深く入ってしまう」という言葉がありますが、 この 訴訟の現状を例えるとそのように言えるのではないでしょうか。 自分の固定観念から抜け出せなくなってしまうことは、人間なら誰しもが陥ってしまうものです。 しかし、その状態のままでは苦しいばかりです。 ですから、どうか一日も早く互いに理解し合える日が来ることを願っています。 30日間研修の具体的な内容に対する説明と反論は、当社講師の陳述書を参考にしてください。 最後に、裁判長の賢明なご判断を心より願っております。 |





