2014.09.15 コラム

西洋のルネッサンスを越えるアジアのルネッサンスは、感覚革命から

“今まで”と“今から”の、一番深い差別性をつくりだす中心キーワードとは何でしょうか。
西洋のルネッサンスは、人間社会の絶対支配権力であり絶対基準だった王中心の秩序をゼロ化させる巨大な変化を成し遂げました。そして、王中心の封建主義・農業社会から、お金中心の資本主義・産業社会へと時代をプレートチェンジさせました。
これから始まるアジア(東洋)のルネッサンスは、その西洋のルネッサンス以上に大きな範囲のリセッティング、すなわち、既存のすべてをオールゼロ化し、再創造するものといえます。
アジアのルネッサンスは、西洋のルネッサンスさえも変えることができなかったことを変えていくものでないと、進化したルネッサンスにはなりません。

西洋のルネッサンス以上に進化したアジアのルネッサンスを興すためには、何が必要でしょうか。
それは“感覚革命”を起こすことです。

感覚革命とは、身体の五感覚を基準にして情報知識を整理整頓し、再創造してきた今までの人類500万年間の生き方を終わりにさせ、心感覚を使う生き方を始めることです。五感覚を基準にしたままでは、動物文明の水準にとどまってしまい、人類が持続的な幸せ、成功、平和、感動を得る生き方を実現することは不可能といえるでしょう。

それはどういうことでしょうか。
私たち人間は共通して、五感覚と脳を使って物事を認識し、判断、思考を繰り返して生きています。しかし、そもそも脳の機能は不完全で、物事の部分や違いしか取ることができず、全体や共通点を取ることができません。また、存在のありのままの姿を見ることもできません。
人間の目で見ているすべての存在は、絶対的に実在しているものではありません。
広大な宇宙空間も、銀河も、太陽も、地球も、人間も、動物も、植物も、光も、「存在している」と思い込んでいますが、人間一人ひとりの脳の観点が、宇宙のすべての存在をつくり出しているのです。
私たちが「これが現実だ」と思っている目の前の現実世界は、脳の観点で解析した結果世界、つまり、五感覚脳というフィルターを通して映し出された三次元立体の錯覚・バーチャルの世界です。
時間・空間・存在はすべて脳がつくり出している錯覚・バーチャルの世界です。
そのことが明確にわかったときに、「時間・空間・存在を創り出しているものは何なのか」「真実に実在するのは何なのか」の追求が始まるのです。

しかし私たち人類は、手で触れたり匂いを嗅いだりなど、五感覚で知覚できるから絶対的にその存在が存在していると思い込んできました。そして、存在していることを大前提に、その存在に名前をつけて暗記言語化し、言語を使って思考しています。
このような五感覚に依存した思考方式や意思決定の構造は、もう、古いクラウドになるのです。

観術が案内する新しいクラウドは「無から有が生まれる仕組み」「境界線のない世界から境界線が生まれる仕組み」「条件づけられない永遠不変・絶対世界から、条件づけられてコロコロ変わる相対世界が生まれる仕組み」を説明することができます。
これらの仕組みは、五感覚では認識することも理解することも不可能です。
身体の五感覚を一旦ゼロ化し、心の感覚が生まれるようにさせることができる新しい言語として開発したのが、イメージ言語であり、このイメージ言語が、観術でいう新しいクラウドの実態です。

今までの人類は、多様な存在が「有る」のが当たり前でした。
そして、多様な存在の変化・運動・移動の知識や技術を知ってることが良いことだと思い込み、それらの知識や技術をベースにした概念の枠の中でつくられた信念、理念、思想、哲学などを「守る」あるいは「修行する」のが当たり前の歴史だったといえます。
つまり、集団がつくった普遍的理念に人間個人の人生が支配され、自発的・主体的・能動的個人は、集団を否定する存在と捉えられ、殺されてしまった歴史だったということです。

今からの時代は、集団の枠の中で機能する奴隷的人間よりも、集団の枠を越え、自発的・主体的・能動的・創意的人間が大活躍する時代になっていきます。創意的人間になるためには、「自分」と「自分が認識している宇宙」をオールゼロ化し、五感覚の錯覚現実の世界を存在させる真実の世界を悟り知るしかありません。

五感覚を使って得た情報知識で、100%明明白白に知ることができるものは、一つもありません。
人類が100%明確に理解できるのは、客観的絶対世界「1」すなわち「5次元HITOTSUの動き」だけがあるという真実の世界だけだと言いきっています。
創意的人材は、この客観的絶対世界「1」を活用応用し、素晴らしい感動パターンを創造していくのです。

今この瞬間、目の前のすべてが神秘で神聖で偉大で、荘厳な世界であることを観ることができるのなら、どれほどの歓喜で生きられるでしょうか。
観術は、イメージ言語を使って、今までとまったく違う新しい感動、新しい生き方を明確に案内する認識技術です。
五感覚と脳を基準にして情報知識を整理整頓する今までの生き方では、意思決定の根拠も、思考論理展開の根拠も、生きる根拠も、すべて曖昧になってしまい、自信感あふれる自発的・主体的・能動的生き方は不可能です。
その限界を補い、宇宙すべての創造破壊を自由自在にできる、神や仏以上の再創造の主として生きることを案内する教育革命を日本から興していくことが、観術のビジョンです。
そのビジョンを一人でも多くの方と共有できたら嬉しく思います。

Noh Jesu