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2012.01.06

2012年、日本の希望

新年あけましておめでとうございます。新春の雰囲気とは裏腹に、今の日本は「不安」の時代を迎えています。先が見えない不安、欧州危機への不安、年金や国家財政への不安など、挙げればきりがありません。この不安の発端は、1980年代にまで遡ります。

1980年代、日本は金融産業が経済を牽引し、バブルがはじけた後の1990年代は、IT産業が経済成長の原動力となりました。しかし、2010年代となった現在の国内を見渡せば、中産階級は衰え、二極化の進む格差社会が出現しています。資本主義世界を支配する1%と搾取される側となった99%の葛藤は、昨年初頭のチュニジア革命から始まり、中東諸国、ロンドン、アメリカ、オーストラリアなどの先進国までもを巻き込んだムーブメントとなりました。

99%の大衆が抱く不平、不満は政府の無策へと向けられ、民主主義社会の日本においても大衆迎合政治(ポピュリズム)への傾倒は留まる所を知りません。その結果、多くの国民の痛みを伴う政策は実行できず、福祉・財政の危機に対して必要な予算も捻出できぬまま2015~2017年の国家破綻へとつながってゆくのです。

現代とは、どういう時代でしょうか?

あと数年で国家の財政が破綻するという瀬戸際にあっても政府のリーダーシップは見られず、多くの政治家と国民がスマートフォンを活用して私利私欲のメッセージを発信しています。携帯やインターネットなどの道具は進歩し、便利な生活を送れる社会になりましたが、昔と比べて人間関係は深くなっているでしょうか?今のライフスタイルで、未来に希望を持つことはできるでしょうか?タイタニック号の中で豪華なディナーを楽しんでいても船が沈めば終わりなように、自分だけが上手くいっても世界経済は回らない現実が目の前にあります。

今、世界に何が起きているのでしょうか?

中国が経済的に伸びてきて、米国から中国への本格的なパワーシフトが起こる中、韓国はサムスンやK-POP、食文化の爆発的流行が世界で認められ、外交や金融の政策、自動車・電機・エンターテインメント産業などにおいて元気な両国の姿が目立っています。片や、円高による国内産業の空洞化が指摘される日本には、いま何が残されているのでしょうか?「日本にはメイド・イン・ジャパンで世界を席巻した時代があったから」と過去を懐かしみ、これからは衰退を認める下山の思想に切り替えるべきなのでしょうか?それとも、もう一度世界に対して爆発できるだけの何かがあるのでしょうか?

「アジアの時代」と云われながらも、実際の中国と韓国は欧米の真似をしているだけに過ぎず、オリジナルの価値を生み出しているわけではありません。クルマにせよ音楽にせよスマートフォンやテレビのモノづくりにしても、欧米が考えたコンセプトを真似し、欧米が開発した技術や顧客・マーケットを模倣し、彼らの発明した資本主義という土俵の上で戦っているに過ぎません。ならば、これからの日本は何をすべきでしょうか?

日本は、未来文明を牽引する爆発(プレートチェンジ)をおこすべきです。

生き方も、価値観も、社会の構造も、すべてをもう一度創りなおすほどのパラダイムシフトが必要なのです。

パラダイムシフトには4つの条件があります。

1.人間一人一人の身分が上昇すること (王様の奴隷⇒自由な個人)

2.新しい力を活用すること (自然の力⇒機械の力)

3.知識の大爆発が起きること (宗教⇒学術)

4.新しい空間を開拓すること (農場⇒工場)

神本主義の農業社会から資本主義の産業社会に移行した産業革命を例にすると、上の括弧内のようなイメージです。資本主義が限界を迎えつつある今、天動説から地動説へ移動したような大ショックが必要な今の時代に、アジアから次なる革命を起こすなら、どういうモデルがいいのでしょうか?

科学技術のイノベーションで、無縁社会などの現代の多様な問題は解決されるでしょうか?

組織や制度のイノベーションで、欝や自殺など心の問題は本当に解決できるのでしょうか?

意識のイノベーションができなければ、人間と人間の関係から生まれるあらゆる問題の原因を解決することは困難ではないでしょうか。

物理学者のスティーブ・ホーキング博士は「私達の追及の仕方が間違っていたかも知れない」という趣旨の発言をされていますが、まさに彼が指摘しているように、今までの科学の追究の仕方、認識の仕方に、私達は疑問を持つべきなのです。

計量可能、測定可能な存在(目に見える物質、現象)しか扱わない数学・物理学を土台にした現代科学が、測定不可能な感情・恋愛・モチベーションなど非存在(目に見えないこと)を軽視していることに、我々はもっと疑問を抱くべきなのです。目に見える世界だけを通して気付き・感動を得ようとする浅い追究方式を卒業し、目に見えない世界をイメージできる、もっと深くて感動できる認識のセンスを開発する必要があるのです。

なかでも一番深い世界「絶対世界」を認識するセンス(認識方式)が今の時代に一番必要なものですが、これまで西洋では人間を超越した世界・信仰する対象として神と人間を分け、「絶対世界については信じるものであり、自分とは別の世界である」と分離してしまいました。東洋では現実(成るもの、悟るもの)として認識されたものの、悟りは不立文字と呼ばれ、表現すると偽者だと考えられた為に、長らく大衆化されることもなく、「心体の感覚のように日常生活で使う」というイメージがないまま、今日まで来てしまいました。

ところが、私が1996年に日本の福岡で発見し、発明した「イメージ言語」を使うことで、世界で初めてこの「絶対世界」を誰もがいつでも簡単にイメージ可能=日常生活で応用、活用可能な形として体系化した為、現在では、悟りの商品化、ビジネス化、産業化、一般常識化が可能となり、悟りを用いた教育革命、認識革命ができる時代になっています。

日本の道は、和心です。

日本文化が本来持っている和の心は、多様な価値観・考え方・判断基準の差を取る「さ・とり」の世界です。その本質的な能力を備えた日本人が増えれば、この国は「ハーバード大学に留学するよりも、日本で長年暮らした方が価値が高い」といわれるフィールドになるでしょう。

他の国とは次元の違う日本が、いち早く目覚め、個人個人が連帯して新しい社会へのプレートチェンジを担って行く、そんな一年に私も貢献して生きたいと思います。

皆様、本年も何卒、宜しくお願い申し上げます。

Noh Jesu