2009.05.24 コラム

人間とは何なのか?

人類が永い歴史をかけて追及してきた本質的な疑問である「人間とは何なのか?」に対して、我々人類は明白な答えを得ることができたのでしょうか?

残念ながら今までのどんな宗教、思想哲学、学問、科学さえも、その答えを提供することはできませんでした。そして今までの学問は、“比較”によって動物と人間の違いを語り、分類することはできましたが、「人間とは何なのか」、「人類はどこから来てどこへ行くのか」に対しての明確な方向性や生きる目標、存在目的は示してこれなかったのです。このことは哲学だけではなく、“現代の全ての学問の限界”といえるでしょう。そして人類は今、そこに気が付かなければならない時なのです。

少し極端な言い方を許していただけるなら、今までの全ての学問は「五感覚、脳の勝手な思い込みであり、部分だけのデータを取り入れた観念の学問、錯覚の学問」といえます。ですから現代の全ての学問を究極的に研究していけば、必ず出会う共通の限界や共通の問題は「人間とは何なのか」、「人類はどこから来てどこへ行くのか」なのです。

人間が行うすべての発見、観察作用には「脳の認識」が関係しています。ですから、人が「人間の意識と分離独立した完全な客観性を維持する」のは不可能に見えます。最先端の物理学である相対性理論と量子力学の世界さえも、人間が観察できる量だけで理論を体系化した学問なのです。アインシュタインは「理論がなければ観察、(意味付けが)できない」と言っていました。このように、「人が何を観察し、意味付けができるのか」を決定するには理論が必要なのです。例えば占いには占いの理論がありますから、生年月日だけでその人の人生を占うことができます。その占いの理論がない人には、生年月日を聞いても相手の人生のイメージは沸いてこないのではないでしょうか。

今までのすべての学問が突破できなかった限界、即ち、「全体になって全体をみること、全体になって全体を観察し、意味付けをすること、そして人間とは何なのか、生きることは何なのかを明確に示せなかった限界」をはっきり突破させることができるのがHITOTSU学です。

HITOTSU学は、今までの人類にはイメージできなかった「脳の認識の外にあるイメージ」、即ち「自分=人間」に固定されないイメージを得ることを可能にします。それをベースにして「人間とは何なのか、私は何なのか」に対する明確な定義を案内することもできます。人間の本質は“無限の可能性そのもの”ですから、「人間とはどんな存在にでもなれる無限の可能性であること」を確信した上で、「私個人は何のために存在する存在なのか」が整理できるようになるのです。

これは事実としての整理ですので、「人間とは何なのか」を客観的に説明、表現することは、人間としての存在意味を発見したようなレベルです。ですが、本当に生き生きとバイタリティ溢れる自分自身の生きる意味は、発見するものではなく、“今ここ”で創造していくものです。全ての出発点であるオリジナルマインドの動きを発見し、それを活用してあらゆる存在の原因を語れる時に初めて、真にバイタリティ溢れるHere & Nowの創造活動が生まれ、同時に存在意味、価値創造が生まれるのです。

あなたの存在意味、生きる意味が胎動させることは、あなたの創造的活動を通してこそ可能なのです。私は今までの学問、教育の限界を突破できる新しい学問「HITOTSU学」を通して、この時代の憧れを皆さんと共に創造していきたいのです。全体、真実の世界を発見し、そこに名前とイメージをつけて67億の人類が自由自在に活用できる新しい道、新しい喜び、新しい感動の世界を、共にプレゼントしてゆきましょう。